No.10 琴葉の恋
🎶 ソメイヨシノ
琴葉はどうにもならないほど、
黒服の貴島に惚れていた。
だが貴島は同僚や
先輩ホステスからも憧れられ、
美人ではない
滋味な琴葉の出番はなさそうだ。
それに、黒服とホステスとの交際は
禁じられていた。
お店を代わるしかないかな‥と
思い悩んだ末、
琴葉は尊敬する紀佳ママに
心のうちを打ち明けた。
紀佳ママ:まぁ、そういうこと‥。
何か元気がないと
心配していたのだけど‥。
よりによって、
貴島君に惚れちゃったとはまずいわねぇ。
彼は銀座でも、
屈指の黒服でしょ。
もてるわよ〜、彼。
まず恋人がいると
思ったほうがいいと思うけれど ─。
琴葉:あれだけ素敵な方ですから、
そうでしょうね‥。
〔突然、泣き始めてる琴葉に、
紀佳ママもびっくり!〕
二週間ほどが経ち、
クラブ「紀佳」の謝恩パーティーのために、
買い出し担当が決まった。
ホステスの琴葉、寧々と、
黒服の貴島、瀬木の四人の名前が告げられ、
琴葉はドキッとしてしまい、
動揺を隠すのが精一杯だった。
スーパーで二人ペアになったとき、
琴葉は心臓がもう爆発しそうで、
足元がふらついていた
その時、貴島がさりげなく
腕をつかんでくれて、
「琴葉ちゃん、大丈夫?」と。
〔琴葉は貴島に腰を触れられ、
茫然としていた〕
貴島:ぼくのこと、苦手?
いつも避けているようですけれど。
琴葉:‥そんなことはないです。
凄く緊張しちゃうんですぅ‥。
貴島:よかった。嫌われていないんだぁ(笑)。
琴葉:貴島さんって、モテるでしょ?
彼女さんは何人もいる、って聞いていますよ‥。
貴島:デマですよ! いないです。
日テレの水卜さんみたいなタイプは
銀座にはいないじゃない?(笑)
あれ、よく見ると、
水卜さんに似ていない?
琴葉:私、あんなに可愛くないですもの。
からかわないでくださいよ!
貴島:そうかなぁ。
いや、可愛いと思うけれど…。
琴葉:〔思い切ってひとこと…〕
じゃ、私、妹分ならなれますかね?
貴島:もちろん!嬉しいなぁ!
彼女じゃだめなの?
琴葉:またからかうんですか?
本当に怒りますよ!
貴島:ぼくはシャイだから、
自分から告白できなかった‥っていうか、
…、いやその、
「琴葉さん、ぼくとお付き合いしてください!」
琴葉:えっ…、本心‥、なんですね。
貴島:〔立ち止まって、
琴葉を見つめ、首を立てに振った〕
こんなお喋りをしながら、
スーパーで買い物をして以降、
貴島は厳しい女の職場で
必死で頑張る琴葉の姿に
さらに惹かれていく自分を
感じていた。
お店で琴葉と目があうたびに、
この幸せな気持ちはなんだろう‥?
と、思いが強くなっていた。
貴島は早くに両親を亡くし、
家庭の温もりを求めていた。
だが、銀座には
きらびやかな女性はたくさんいるが、
琴葉のように家庭向きな女性は
なかなか見当たらない。
この世界に入って12年、
仕事一筋に生きてきたので、
黒服としての信用は高かった。
薔薇やカサブランカほど
ゴージャスではないけれど、
スイートピーやカトレアも
悪くないということだろうか ─。
…………………………………
ミス麗子の番組内に、
電話お悩み相談のコーナーがあった。
琴葉は匿名の樹里と名のり、
少し声色をつかって、
電話をかけた。
先のようなエピソードを伝え、
意中の人が本当に自分を好きかどうかの
確かめ方について相談したのである。
樹里:もしKさんが
本当に私を好きになってくれるとしても、
絶対に浮気するし、
女の人をつくると思うんです。
ミス麗子:樹里さん、
Kさんに貴女への愛を保証してもらえばいいわ。
樹里:意味が…?
ミス麗子:公証人って、知っている?
お相手から、
「浮気はしない、貴女だけ愛していきます」
と断言した文を、
公文書として認めさせちゃうわけ。
いはば、〈その愛を国が認めた〉
ということになれば、
貴女は安心でしょ?
樹里:初耳です、公証人ですか。
彼に話してみます!(笑)
ミス麗子:銀座4丁目の清水ビルに
公証役場がありますから、
行ってごらんなさい。
……………………………
数日が経ったある日、
琴葉はミス麗子とすれ違った。
向こうは確か
自分の顔を知らなかったはずなので、
軽く会釈して、通りすぎようとした。
と、その時だった。
ミス麗子:あれ、
「紀佳」の琴葉さんでしたわね?
樹里さんによろしくねぇ(笑)。
〔ミス麗子は茶目っ気
たっぷりにウィンクし、微笑んだ〕
さすがクレオパトラである。
樹里、いや琴葉は呆気にとられて、
ミス麗子の後ろ姿を眺めていた。