No.10 雪也画伯
🎶夕暮れ時の切なさは
〔満身創痍の一色翔が車椅子で現われる〕
意識は薄れていたが、
翔は父に会えた。
祈る気持ちで、
父の右手を握ると、
反対側から、
ミスグリーンが両手で
父の左手を包みこんだ。
おもむろに目を開け、
画伯は言葉を捻りだそうとしていた。
〔耳を近づける翔とミスグリーン〕
━━(雪也画伯)
盗まれ…た…絵…に、
小粒の…半分の星と月…の
18金のダイヤをはめ込…
光るから…わか…。
━━(ミスグリーン)
母のペンダントは
半分の星と月にも見えます。
雪也画伯が “種“ を入れた
といったのは、
18金のダイヤの
割符だったのですね…。
凄い!
━━(雪也画伯)
〔微かに首が縦に動いたようにみえた〕
━━(真尋)
…割符にしてあるなら、
絵は傷モノにはいりますから、
バイヤーたちからみれば
価値はなくなりますね。
翔さん、絵はきっと戻りますよ!
━━(ミスグリーン)
ええ、それはけっこうですが、
今は雪也画伯の命が…。
一同、祈るかいなく、
一色雪也は天国へ召された…。
〔翌朝、葬儀の打ち合わせなどを終え、再び、応接間〕
━━(葵)お姉さん、
ご心配をおかけして
申し訳ありません。
数年間、
どうしてもやりたい
油絵の修行をしながら、
目と頬の手術をやっていました。
━━(ミスグリーン)
生きていてくれてよかったわ。
有り難う。
痛い目にあわせて…。
貴女の部屋をみると、
もしかしたら~と思っていたのよ。
貴女は私に愛を感じてしまった…、
そうね。
さぞ、つらかったでしょう。
ニューヨークで
気づいてあげられず、
本当にごめんなさい。
私を、許してもらえる?
━━(葵) いいえ。
お姉さまは何も悪くはないです。
何もかも私より
勝っているお姉さまに
憧れているうちに、
いつしか…。
それに、
整形は目と頬だけですから、
あまり痛くはなかったし。
━━(ミスグリーン)
もともと貴女は十分素敵よ。
今はさらに美しくなって、
私は叶わないわ…。
姉は妹を抱き寄せ、
美しい髪を優しく撫でた。
一色雪也画伯の死去が
世界に報道され、
ビッグニュースとなった。
翔は警察や新聞社と
相談しあって、
盗まれた絵の中に
埋め込まれたダイヤの
割符のことを報じることにした。
犯人たちがこの記事をみると、
もはやそれが
売り物にはならないと
わかり返却されるのではないかと
考えたからだ。
一色翔は、
連日、幾つもの
テレビインタビューを受けていた。
そして、犯人に対して、
前代未聞のコメントをした。
「その絵は、
亡き父と絵のモデルとの
深い絆がモチーフとなったものです。
もし、返却してもらえたら、
罪は問わないように
警察にお願いしますし、
感謝として、
1000万円を差し上げます」
と、テレビカメラに
向かって頭をさげた。
それから二週間ほど経ったある日、
案の定、
盗まれた絵が返却されてきた━━!
一同、絵を前に、
感動とともに、
胸詰まる想いでむせび泣いていた━。
━━(ミスグリーン)
ゴッホ調の画風の中に、
半裸の美しい背が溶け込み、
母は至福の表情をしているわ。
雪也画伯に愛されていたのね、
母は…。よかった。
━━(翔) ミスグリーン、
これでもう、お約束通り、
快盗シルクキャッツは卒業できます。
━━(ミスグリーン)
…ミスター翔、
まずは疲れきった
その体を癒しましょ。
それから、
本来のお医者様に戻るか、
一色美術館を開くか、
ゆっくり考えるといいわ。
━━(翔)
はい、そうですね。
でも…、その前に。
翔の意識が消えた。
盗まれた絵を取り返すために
世界中の美術館を回ってきた
過労は、限界を越えていたのである。