No.9 愛の真実
🎶日の陰り
都内のビバリーヒルズ
ともいえる高級住宅街に
ひっそりと佇む一色邸。
表門を一歩入ると、
英国式のお庭が目にはいり、
あまりの美しさに
息を飲んでしまう。
裏門に回ると、
遅咲きの紅葉と銀杏並木が
素晴らしく、
わび・さびの趣のある
日本のお庭が
心を和らげてくれる。
都内7000坪の一色邸は、
世界的画伯に
ふさわしい家屋であった。
……
成田空港に着くや否や、
ミスグリーンと真尋は、
すぐさま一色邸に向かった。
一色画伯は心筋症と
重篤な腎障害があり、
いつ何があっても
おかしくない容体だと
聞かされいた。
一色画伯が愛した
女性の愛娘・緑子こと
ミスグリーンとの再会は、
一体、どのようなドラマを
生むのだろうか──。
真尋は少し緊張気味に、
そんなことをイメージしていた。
ところが、事態は急変した。
一色邸に着くと、
お手伝いさんから面会謝絶だと言われ、
緊張感が高まった。
最愛の女性の娘に
再会できるハッピーさが
心筋症を悪化させたのだろうか。
ミスグリーンと真尋は
広い応接室に通されたのだが、
そこには先客が座っていた。
警察庁副長官をしている
真尋の父親がいたのである。
━━(柚希)いやぁ、
真尋、元気だったかい?
━━(真尋)はい。
お父様もお元気でしたか?
━━(柚希)そちらが
ミスグリーン女史ですね。
娘がご迷惑を
お掛けしていませんかな?
━━(ミスグリーン)
とんでもありませんわ。
素晴らしいお嬢様です。
私のほうが
助けていただいておりますの。
そこへ二人の警察官と、
内弟子の〈山口 葵〉の
三人がやってきた。
山口は軽く挨拶した後、
口を開いた。
━━(山口)
画伯は眠っております。
皆様、映像室へ
お越しいただけないでしょうか。
〔関係者全員映像室へ〕
画面に、一色からの
ビデオレターが写し出された。
━━(一色) 一色です。
お聞き苦しいかと思いますが、
ご容赦いただけますかな。
緑子、
会いにきてくれて嬉しいよ。
有り難う。
君の大切なお母さんを
死なせてしまって、
さぞ私を恨んでいることだろうね。
真実を話すよ。
お母さんは、
絵画制作に夢中になっている
私の姿が生きがいだったんだ。
私なりにお母さんを
気遣おうとしていたのだが…。
お母さんを住まわせた
箱根の別邸に着くと、
「絵を疎かにされないで。
アトリエに帰って」と懇願され、
私たちは箱根の別邸で
愛を育むことができなかった──。
そう、それがたった一度だけ、
愛しあうことが出来、君が生まれた。
お母さんは元々体が弱かったので、
出産については、
医師たちはかなり心配していた。
それでもお母さんは
奇跡的に双子を産んだのだよ。
凄い人だ。
だが、体はどんどん弱くなり、
昼間は外へ出てはいけない
病魔にかかり、
星と月を眺めるだけが
ひそかな楽しみになっていった。
私はそんなお母さんのために、
ゴッホの〈星月夜〉をモデルにした
〈星と月を眺める湯上がりの女〉
を描くことに命をかけていった。
絵が戻ってきたら、
後ろからお母さんを
抱きしめている男の手を見てごらん。
私の願望そのものだったんだ。
お母さんを包んであげたいのに、
出来なかったからね。
私はかなり前から、
ギランバレー症候群という
難病が体を蝕み、
絵筆を握る右手が
思うように動かなくなってきていた。
筆を折ると決めた最後の作品が、
君のお母さんを描いたその絵だった。
お母さんが箱根に「来ないで!」と
凛として言いはなったのも、
こんな私を見るのが
辛かったのじゃないかなと思うんだ。
そして次に…、ペンダントの話たが…。
お母さんから…緑子に…譲られた…。
ここで画面が消えた。
━━(山口) ここからは、
私がお話しさせていただきます。
〔一同、張りつめた空気になった…〕
その時だった。
お手伝いがドアを開けた。
「ただいま、翔お坊ちゃまが…
お帰りになられました…、
それから…、
一色様が危篤です。
ミスグリーン様、
どうぞ居間へいらしてくださいませ。」
ミスグリーンの顔色が変わった。