No.13 初恋
🎶カノン
ミスグリーンは真尋と別れ、
のぞみで神戸に向かっていた。
調査会社の資料でも、
初恋のお相手の居所が
わからなかった。
それでも、
彼との想い出の場所を
回ってみたい心境に
なっていたのだ。
……………………………
ミスグリーンが姿月緑子時代、
神戸の北野で
ジュエリー作家になる
勉強をしていた頃、
神戸大学海事科学部
(旧神戸商船大)の
練習船に乗船する機会を
得たことがあった。
その時、
新幹線を船で運ぶ仕事に
関わっている海洋技術者のOBが
レクチャーしているのが
目に入ってきた。
俳優の真田広之さんに
似た静かな青年で、
ミスグリーンは、
彼の日本人離れした雰囲気に
魅せられた。
後に真尋に
「私の心を奪った唯一人の方でしたのよ‥」と
苦笑いしていたそうである。
森嶋真澄。
その青年の名前である。
外交官の父のもとで
世界中を回って育ったらしく、
紳士で博識だった。
彼の母親がジュエリー作家
だったこともあり、
懇親会で、二人は意気投合した。
━━(緑子)
お母さまの作品は拝見しています。
エキゾチックで、
カットが語りかけてくるようで。
━━(森嶋)
母が聞いたら喜ぶだろうな(笑)。
━━(緑子)それに、
私も海洋輸送システムに
関心がありますの。
━━(森嶋)それは嬉しいですね!
━━(緑子)いつか創作した
巨大なオブジェを運ぶ仕事を
したいと願っていまして。
その節はご相談に乗っていただけますか。
━━(森嶋)もちろんです!
それからしばらく経って、
門司港に出張した彼と再会した。
正確には、彼に会いたくて、
用事をつくって追いかけたとか。
なかなかの情熱家である。
━━(森嶋)
台風の上陸が早くなったみたいで、
船が出ないんですよ。
━━(緑子)新幹線もストップしたみたいですね‥。
━━(森嶋)
ぼくはふぐで熱燗といきたい気分ですが、
貴女は?
━━(緑子)はい、
朝まででもお相手させていただきますわ(笑)。
門司の大正レトロな街並みは
若い二人の心に火をつけたかに見えた。
ところが……。
森嶋は何かの理由で
緑子への気持ちを自制していた。
カンのいい緑子も思いとどまり、
早朝門司港をあとにした。
神戸に戻ってから2週間、
森嶋から何の連絡もなかった。
森嶋はどんな問題を
抱えているのだろうか━━。
思いきって勤務先に連絡してみたが、
5日前に退職願いが出されたという。
緑子は心配で、
しばらくはジュエリーデザインの
勉強が手につかずにいた。
…………………………
森嶋とのことを考え、
調査資料に目を通しているうちに、
新神戸に着いた。
数日かけて、
当時、森嶋と親しかった
恩師、友人、同僚に面会したが、
収穫は得られなかった。
ミスグリーンは重い気持ちのまま、
門司へ向かった。
全国紙に、
「✱月✱日から一週間、M港で待つ。緑子」
と呼びかけていたからである。
二人で話し込んだ思い出の宿は
当時のままだった。
ミスグリーンは感慨深く、
ロビーに腰を下ろした。
冷静沈着なミスグリーンの顔が
曇っていた。
〈他に何か手がかりは…〉