『 天空の恋人館 』No. 8ダーツバーで
🎶春へ向かう草花へ
『天空の恋人館』
8. ダーツバーで
一方、華音と真尋は、そんな気分になれなくて、地下のダーツバーへ行った。
80年代のスタイルを、21世紀風に仕立て、独特の趣を醸しだしていた。
黒い大理石はショットバーに神秘的な香りを与え、
自慢のXmasカクテルを主役にしていた。
ワイン通の高梨が吟味した希少なヴィンテージワインも、
セレブたちに好評であった。
全体に高級社交倶楽部ならではの、
シックで趣きのあるバーデザインがなされ、
華音や真尋は、上質なセレブになったかのような錯覚にかられた。
バーテンダーの由良は寡黙だが、
不安気な二人を気遣ってくれる優しい紳士だった。
──(由良)楽しんでらっしゃいます?
…そうでもなさそうですね。
──(華音)えっ、まぁ、まだ落ち着かなくて…。
華音が苦笑いをした。
由良は控えめで、女性らしい華音に寄り添うように接していた。
少し影のある雰囲気が、華音には落ち着きを与え、
なぜか癒されていく自分を感じていた。
同県人だとわかると、二人は次第に心を許し合い始めた。
真尋は、〈由良さんが華音の傷を癒す人になるといいナ…〉
とひそかに思い、パウダールームへ行った。
そこで、思いがけず、情報通らしき女性たちの話を耳にしてしまった。
──快盗シルクキャッツは、変装の名人なんですって。
まず、狙われたら、例外なく盗まれるみたい。怖いわ…。
──ゼロの王子との関係は全くわからないの。知りたいわ。
あまり関心がなかった真尋だったが、
謎めいた恋人館を知りたくなってきた。
〈何を盗まれるのかしら…〉
少し外の空気を吸おうとしたとき、
真尋は甘い香りがする紳士とすれちがい、
目があった。
──(真尋)失礼ですが、その香り、遠い昔、どこかで嗅いだ記憶が…。
──(紳士)あっ、先ほどまで葉巻を吸っていましてね。
──(真尋)もしかしたら、ラモンアロ…?何とか
──(紳士)お詳しいですね。
ラモンアロネススモールクラブ、です(笑)。
──(真尋)はい!それ、それでした!
有り難うこざいました。
北乃という名の紳士は、
代々、スコットランドのハイランド地域の蒸留所でスコッチウィスキーを作っているとか。
琥珀色のスコッチ色と香りとコクのある味に魅せられて、
半生を過ごしてきたと話した。
真尋は、10代の頃から葉巻が似合う
ヨーロッパ紳士に憧れていたこともあり、
自分の心の中の何かが北乃に動いたことがわかった。
ダーツバーに戻ると、二人の姿はなく、
新しいバーテンダーに変わっていた。
こんな日にスタッフが休めるはずがない。
由良なる人物は、一体何者だろうか──?