No.15(最終稿) Bon voyage〜恋の旅へ

 

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森嶋は車両輸送研究を経て、
最新型の原油タンカー輸送の
仕事を最後に、
日本に帰還しようとしていた。

長年、彼の頭には
喫水のことでいっぱいだった。

喫水とは
船舶が水上にあるときに
船体が沈む深さを指す。

20メートルを超える喫水や
30万トンを超える原油を積んだ
状態で狭水道を通過する場合、
タイミングがまずいと、
座礁のリスクもあったからである。

そんな苦労の仕事を
やり終えた森嶋の気がかりは、
やはり緑子のことだった。

ジュエリーデザイナー修行を
していたあの可憐な緑子が
世界的な空間デザイナーとして
活躍していたことを知っていた。

ミスグリーン著
「写真エッセイ〜光と影」が
座右の書である。

● 空間美を演出する際の
光と影の使い方を勉強すると、
人の世にも当てはまる。

● 影だと思っていたものに
一筋の光りが差し込むこともある。
光りを信じて疑わないことが
大切である。

この記述に魅了されていた。

森嶋が壁に当たり苦しいとき、
門司港で緑子が
語ったひとことも思い出された。

<本当に美しいものは
力があると思いませんか?

建物の光と影、
共に目にしたとき、
その美しさに言葉を失います。

ルーブル美術館、
エッフェル塔、
桂離宮、
サントリーニ島、
モロッコのシャウエン旧市街、
トルコのブルーモスコとか‥>

目をキラキラして
熱く語る緑子の姿が眩しかった。

<もう会ってはもらえないだろうな‥>

女性をその気にさせながら、
急に姿を消すなんて、
無礼極まりない自分だ。

この写真エッセイに目を遣りながら、
謝罪の手紙を書こうとしたが、
なかなか筆が進まなかった──。

今のミスグリーンのレベルを考えると、
自分のような油の匂いが
染みついている陰気な研究者など、
釣り合いがとれないからだ。

某国からのボーナスプレゼントで、
森嶋は、世界最高峰のクルーズ会社
シルバーシークルーズが誇る
シルバー・ミューズに乗船し、
骨休めをしていた。

シンガポールを出航し、
大阪に向かう6スター+の
最高評価を得たスイートクルーズは
快適だったが、
やはり緑子のことばかり考えていた。

クルーズは上海に停泊し、
日本へ。

上海には、
ミスグリーンがデザインしたスペースや
オブジェがあるパーク・ハイアットがあり、
ホテル内のミスグリーン作の美空間を
見るのがひそかな愉しみであった。

螺旋状の階段、チャペル、
バンケットルームなど、
どれも必ずグリーンが使われていて、
そこにいる自分の未来に
希望がもてそうな気にさせられてしまう。

ミスグリーンの才能は凄い!

きっと、彼女に相応しい恋人が
いるにちがいない。

森嶋はどうもプライベートは
マイナス思考になってしまう。

森嶋は、気分を変えようと、

101階建ての超高層ホテル
自慢の世界一高い展望台へあがった。
得もいえぬ絶景のパノラマが広がっていた!

門司港の宿で唇を合わせた
あの感動を思い出していた──。

しばらく見入っているうちに、
背中にふと視線を感じた。

(緑子)
こんな素敵な夜景を独り占め…?

(森嶋)…あっ、緑子さん!
いや、ミスグリーンさん。

<驚き、立ち尽くす森嶋>

(緑子)お帰りなさい、真澄さん!

(森嶋)はっ‥、はい。
貴女がそこにいるのが夢のようです。

(緑子)じゃ、また唇を奪ったら‥?

<まだ女を知らないらしい
森嶋が愛しく感じる緑子。
見つめあい、
森嶋は緑子を引き寄せた>

二人は寄り添ったまま、
上海の夜景を眺めていた──。

(緑子)真澄さんの前では、
‘緑子’でいさせて。

ミスグリーンを名乗ると、
どこにいても、
おませな名探偵さんに
見つかってしまうから…、
秘密をもてないの(笑)。

fin

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